西美濃 鍋倉山

2003年11月16日晴れ 参加者:みかん・かねやん

11月16日晴れ 
前日までのやきもきさせられた天気予報
に、やっと晴れるという情報を得て、前夜
急遽鈴鹿の日本コバに行き先を決定し車
を走らせた。
途中の永源寺では紅葉見学を迎える準備
をしている。
帰りは早くここを抜けないと渋滞に巻き込
まれそうだ。
暖冬の影響か期待できる紅葉ではない
のだが、観光会社はカレンダーでやってく
るからやはり混雑するのには変わりない。
ダムに入ると、水位が下がった湖底に
かつての集落あとが現れている。はじめ
て見るみかんさんが歓声をあげた。
道の跡や、石垣、畑などがはっきり見えて
いる。
永源寺ダムができる以前には、木地師の
集落千軒があったそうだ。
鈴鹿は木地師の発祥の地なのだ。
以前永源寺ダム側の家の奥さんに当時の
様子を記録した写真集を見せていただい
たことがあった。
セピア色の写真には川の両側にびっしり並
ぶ家並みが写っていた。
木地師は日本コバ周辺の山で木を切り出
し椀など木工製品を造っていたと聞いた。
ダムを過ぎて杠葉尾(ゆずりお)の集落の
手前の橋横に車をデポし登山道へ向かう。
登山道は、橋から左道路に50mほど入っ
たコンクリートの壁の横にある階段である。
階段を上ると、檜の林となるがかつての集
落跡に木が生えている。
苔むした石垣にかつてのにぎわいを想像し
ながら、進んでゆく。
前日に降った雨で幾分増水している沢を
なんどか渡り、高度を上げてゆく。
気温が上がり、汗ばんでくる。みかんさんが
防寒のために着込んできたようで、薄着に
なる。

寒さ対策を万全にしすぎた、まだはやすぎ
たと反省している。
今日は風もなく、気温が高いから無理もな
いない。
やはり暖冬か。
落ち葉に映える緑の美しい苔のある場所で
休憩していると、夫婦連れ(のように見えた)
が追い越していった。
そんなに急いでどこへゆく。まだ早いのに。
ゆっくりと景色を楽しみながら高度をあげて
ゆくと、さらに単独者が追い越して行った。
ふうふう息を吐きながら。
やがて急斜面になり、落ち葉と雑木の斜面
をトラバースして、岩場を上がると岩屋跡に
到着した。
日本コバ唯一の展望場所だ。

まだよくガスが上がらず、藤原岳のシルエット
がうっすらと見えた。
背面には、岩屋があり太古に人が暮らしてい
た跡だという。本当かどうかはわからない。
ここでしばし休憩。
太陽が雲の間から出てきた。
さあ、もう少しだがんばろう。
落ち葉が厚く積もった丘陵状の雑木林となり
歩きやすい。
ところどころに馬酔木の緑がいろどりを添え
ている。
カサカサと音を立てながら、日本庭園と言わ
れる湿地へ進む。
湿地には小川が流れ、蛇行してまさに名前
の通り。
みかんさんに説明したが、反応はいまいちだ
った。
山頂への斜面を登り出すと、追い抜いた夫婦
連れと単独者が走るように下ってきた。
へえ、早い。
単なるピークハンターか? のんびり楽しめ
ば良いものをなどと言いながら、山頂へ。
山頂では風の強く吹いていて。木を揺らす音
が聞こえる。
琵琶湖方面が見えるがかすんで見えた。
風を避けて、さっそく昼食へ。
松の木の切り株に座り混んでいると、ゴマの
ような虫が沢山寄って来た。
こりゃあひどいと場所を変えたが、そこにも
もうあきらめて、そそくさと食事を済ませた。
風と曇り空の下での食事だった。
山頂を後に下山すると、14・5人の団体が
登って来た。
女性が圧倒的に多い団体だね、やはり女性
が多いねと話しながら、下山した。









           


   
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